開拓 発祥の地(興部)
かいたくはっしょうのち
サロマ湖の北東70km、
興部町の開拓は、明治22年(18899 に金澤岩松と垣下若松の二人が沙留に定住して越冬したことに始まる。この出来事は、興部町における和人の定住の始まりとして位置づけられている。
二人は、厳しい寒さや風雪のなかで生活の基盤を築き、後に続く開拓の先駆けとなった。明治31年(1898) には石川県、高知県、富山県などから入植者が来住し、本格的な開発が進められた。こうして沙留を起点とする開拓が進み、地域社会の形成へとつながっていった。
川尻の合流する所という意味のアイヌ語「オウコッペ (o-u-kot-pe)」が地名の由来。
沙留へ開拓発祥の碑を見に行った 碑石の碑文 酷寒風雪とたたかいながら、不屈不撓の精神をもって興部町開基の礎を築かれた多先人の偉業に感謝を捧げ、その事蹟を後世に伝えていくために、明治22年 興部町で和人がはじめて定住越冬した発 祥の地である沙留に開基百年を記念してこの碑を建立する。 😤 https://t.co/AnPz6xsj5t
— 横道それ子 (@sidestreetsorek) April 28, 2026
写真
碑文
𫔭拓発祥の地
開拓の祖
金沢岩松
垣下若松
碑文
酷寒風雪とたたかいながら、不屈不撓の精神をもって興部町開基の礎を築かれた幾多先
人の偉業に感謝を捧げ、その事蹟を後世に伝えていくために、明治22年興部町で和人がはじめて定住越冬した発祥の地である沙留に開基百年を記念してこの碑を建立する昭和63年10月1日
興部町
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