「敬老の日」発祥の町

けいろうのひはっしょうのまち

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加古川線 西脇市駅の西方約7km、加古川の支流 野間川と並行する県道24号 多可北条線の多可町南部の旧八千代町区内広場に、細長い石碑が設置されている。

戦後間もない昭和22年(1947)、野間谷村(当時)の村長らが提唱し、養老の滝の伝説をもとに9月15日月曜日に55歳以上の住民を招待した村主催の敬老会を開催したことがはじまりとされる。なぜ9月15日なのかはくわしくはわからないが、農閑期で気候的にも過ごしやすいことが挙げられている。当日は台風9号(カスリーン台風)が紀伊半島沖から北上を続け戦後の東日本に甚大な被害をもたらしたわけだが、西日本は敬老会が出来る程度だったということを、この碑によって知ることになった。

翌年には「国民の祝日に関する法律」(通称“祝日法”)が制定されたが、こどもの日や成人の日があるのに老人の日がなかったため、野間谷村では9月15日を「としよりの日」と制定し村の祝日とした。昭和25年(1950)には兵庫県の「としよりの日」となり、昭和41年(1966)にようやく国民の祝日に書き加えられることとなる。

そして祝日法改訂により、発祥の地碑が建てられる前年 平成15年(2003)からは15日ではなく第3月曜日となっている。始まりの昭和22年9月15日が第3月曜日だったことを知っているかのようでおもしろい。

なお、八千代コミュニティプラザ(多可郡多可町八千代区中野間650-1)玄関の前には、【「敬老の日」提唱の地 】碑がどどーん! と屹立している。時の厚生大臣 増岡博之揮毫。おそらく、第1回敬老会が開催された地なのであろう。

多可郡野間谷村は、昭和大合併時に隣接する加西郡大和村と合併し多可郡八千代村になりその後町政施行。さらに平成大合併時に隣接する多可郡中町・加美町と合併し多可(たか)(ちょう)となった。

写真


碑文

「敬老の日」発祥の町 八千代

兵庫・八千代町は、昭和22年当時の村長門脇政夫氏が戦後の混乱虚脱の社会に敬老精神高揚をはかるべく、「としよりの日」を制定しました。
養老の滝の伝説にヒントを得て、毎年9月15日に敬老会を開催してきたことが、全国に輪を広げ、今日の国民祝日「敬老の日」制定につながりました。

40周年記念
八千代ライオンズクラブ

2004

地図

地図

多可町八千代区下野間 付近 [ストリートビュー]