練馬 区役所 発祥の地
ねりまくやくしょはっしょうのち
地下鉄 有楽町線/副都心線 氷川台駅から、正久保通りを南に約800m、西武 有楽町線 新桜台駅から北に300m、西側に練馬区立開進第三小学校(練馬区桜台2丁目18-1)がある。学校の北東隅付近に道路に面して、黒い立方体のような石碑が建っていて「練馬区独立記念碑・練馬区役所発祥の地」と刻まれている。碑の上部には日時計らしいモニュメントが載っていて、その横には碑の由来が書かれた説明板がある。
練馬区は、東京23区の中で最も新しくできた区である。
東京に“区”が制定されたのは明治11年(1878) のことで、都心部に15区が定められ、この範囲が“東京市”、外側は“東京府”となった。この時は、現在の千代田・中央・文京・台東および新宿区などの一部が含まれていて、麹町区・麻布区・神田区・日本橋区など現在よりも細かく区分された。昭和7年(1932) になり、周辺町村が編入されて新たに20区が定められて35区となり、その範囲は現在の23区とほぼ一致する。昭和18年(1943) になると、東京市および東京府は統合されて“東京都”となった。
戦後、昭和22年(1947) 5月に35区は再編されて22区となったが、面積が広く人口が急増しつつあった板橋区は分割されることとなり、8月に“練馬区”が誕生した。これによって現在の東京23区の形が整った。
新しく発足した練馬区はこの地に臨時の区役所を設け、2年後の昭和24年(1949) にここから南西に約2Km現在地(練馬区豊玉北6丁目)に新しい区役所を新設して移転した。
写真
碑文
練馬区独立記念碑
練馬区役所発祥の地
練馬区は昭和二十二年八月一日板橋区より分離
独立しこの地に練馬区役所を設けた昭和二十二年十月議員三十六名による第一回の
練馬区議会がこの地において開催されたここに練馬区独立三十周年を記念し
この碑を建立する昭和五十二年八月一日
練馬区長 田畑健介
練馬区は昭和22年8月1日に板橋区から分離独立し,この地に練馬区役所を設けました。
この記念碑は,昭和52年に練馬区立開進第三小学校の校庭に練馬区独立30周年を記念し建立されたものですが,練馬区独立60周年を機に東側道路面に移設し,広く区民の皆様に親しんでいただくことにしました。平成19年8月1日
練馬区