元木囃子 発祥の地
もときばやしはっしょうのち
尾竹橋通りを 西新井橋から北に向かって 1km弱。尾竹橋通りから 50mほど 西に入ったところに“中曽根神社”がある。ここの境内に 白い碑が建っている。
「元木囃子」については 碑文に由来などが書かれておらず,資料を探したが 有効な情報も得られないため, どのような歴史があるのか, 「葛西囃子」などとどういう関係にあるのか, など全く不明である。
かつてこの付近一帯は, 千葉氏が築いた 中曽根城という城があった。 本拠である板橋区の赤塚城の支城であったといわれる。神社境内に説明碑があった。
写真
碑文
元木囃子発祥の地
神社総代(芳名略)
囃子連中(芳名略)昭和五十六年九月吉日
中曽根囃子連中
史跡 中曽根城跡
中曽根城は 室町時代千葉次郎勝胤公によって築城された 周囲六町四方(三十六ヘクタール)で そのかまえに堀や土居をめぐらしていたと伝えれれている
今も小字に 出戸 小屋の内出 などの名が残っている
当社の境内は城の一部で 一段と高く千葉氏の信仰する妙見社がまつられてい た 幾星霜の間に周辺は耕地となり 現在は都市化した
昭和七年 妙見社と興野の雷社と合せて 中曽根神社とし 当地の氏神として祀っ たものである昭和五十五年九月吉日
中曽根神社神燈講