納豆 発祥の地
なっとうはっしょうのち
奥羽本線
11世紀のこと、奥州に出兵した源義家によって「前九年の役(1056-1063)」と「後三年の役(1083年~1087年)」が行われた。「金沢柵」は後三年の役の際に清原家衡・武衡が籠城し、これを源義家が包囲して兵糧攻めにより陥落した古城址。その戦役の間に、偶然糸を引く納豆が発見されたと伝えられている。
この周辺は「後三年の役」にかなりこだわりがあるようで、鉄道の駅名も「後三年」だし、近くには「後三年の役金沢資料館」がある。碑文にある通り、この石碑は「後三年の役900年祭」でヤマダフーズが設置したもので、近くには他にも「納豆発祥の地」の看板(おはよう納豆の看板)もあった。
写真
碑文
納豆発祥の地
後三年の役
900年まつり記念
昭和62年9月建立
おはよう納豆本舗 創業者 山田清助
株式会社ヤマダフーズ 代表取締役 山田清繁
設計 施工 山田松蔵石材
由来
金沢の柵を含む横手 盆地一帯を戦場とした 後三年の役(1083-1087)は、八幡太郎源義家と 清原家衡 武衡との戦いで 歴史に残る壮絶 なものであった
この戦いの折り 農民に煮豆を俵に詰めて 供出させた所 数日を へて 香を放ち 糸を引くようになった これに驚き食べてみた ところ 意外においし かったので食用とした
農民もこれを知り 自らも作り 後生に伝えたという