日本 清酒 発祥の地

にっぽんせいしゅはっしょうのち

日豊本線 高鍋駅から西に15km。国道219号沿い,妻北小学校の近くに木花開耶姫《このはなさくやひめ》を祀る都萬《つま》神社(西都市妻1)がある。拝殿前に白い酒の瓶が2つ置かれ,「日本清酒発祥の地」と書かれた古い木碑と, その脇に「日本清酒発祥の地の由緒」と書かれた説明板が建っている。

日本酒(清酒)の発祥の地碑は,奈良市と兵庫県伊丹市にもある。“清酒”という言葉は“濁り酒”に対するものだが,奈良(正暦寺)では“諸白《もろはく》造り”によって神や仏に供える酒が造られ,また伊丹では商業用に清酒が造られたと考えられる。それに対してこの地の「発祥」は“初めて米から酒を造った”を意味しているらしい。

神話によると,天照大神の命により孫にあたる瓊瓊杵命《ににぎのみこと》は 葦原中国(日本の国土)を統治するために 高天原から日向の高千穂峰に降りた(天孫降臨)。笠沙の岬で木花開耶姫命と出逢い結婚。木花開耶姫は三つ子の皇子を出産したが,母乳だけでは足りず狭田の稲で甘酒を造りこれをお乳代りとして育てた⋯⋯という。

これに基づいて この地を「日本清酒発祥の地」と称しているが,清酒というのはいささか抵抗感がある。「日本酒発祥の地」とした方がよかったのではないだろうか。

写真

  • 都万神社
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  • 日本清酒発祥の地の由来札
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碑文

日本清酒発祥の地

清酒 綾錦 雲海酒造株式会社

日本清酒発祥の地の由緒

木花開耶姫命《このはなさくやひめのみこと》「下田《うらえだ》を以って狭田《さなだ》と曰《い》う, その田《た》の稲《いね》を以《も》って天《あめ》の甜酒《たむざけ》を醸《か》みて新嘗《にいなへ》す、渟浪田《ぬなだ》の稲《いね》を用《も》て飯《いい》に為《か》しぎて新嘗《にいなへ》す」 即《すなわ》ち甜酒《たむざけ》が美酒《びしゅ》の事《こと》で之《これ》を以《も》って祀《まつ》ると日本書紀《にほんしょき》 の一節にある。
日本でお米を原料として造った酒の、最古の伝承である。
当神社の御祭神である木花開耶姫命が三人のお子を同時にお生み遊ばした時,母乳がわりに甘酒でお育てになったと言い伝えられている。現に酒元という集落もこの近くに存在している。

都萬神社 社務所

時が経ち、書き改められたようです

日本清酒発祥の地の由来

西暦七二〇年に編纂された「日本書紀」の中で、木花開耶姫の三皇子出産の部分に次のような件があります。

「神吾田鹿葦津姫《かみあたかあしつひめ》(木花開耶姫)卜定田《うらへた》を以《も》て號《なづ》けて狭名田《さなた》と曰《い》ふ、其の田の稲を以《も》て天甜酒《あまのたむざけ》を醸《か》みて嘗《にはなひ》す、又渟浪田《ぬなた》の稲を用《も》て飯《いひ》に為《な》して嘗にはなひす」

つまり、当神社の御祭神木花開耶姫命が占いによって定められた田を開き、収穫された稲で酒と飯(御飯)を造られ、天照大神にお供えになり自らも召し上がられたということです。

お米を原料にして造った酒の最古の伝承で、現に神社近くに「酒本」という地名の集落もあります。

また、木花開耶姫が三皇子を出産された時、母乳代わりに甘酒でお育てになったという言い伝えもあります。

地図

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西都市妻 付近 [ストリートビュー]