立山の砂防 ここより発す

たてやまのさぼうここよりはっす

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立山温泉跡裏手、天涯の橋の近くに石碑が設置され、平成13年(2001)10月23日除幕となった。

立山の砂防は明治39年(1906)に富山県営事業に始まり、大正15年(1926)に内務省(現 国土交通省)直轄事業へ引き継がれ、現在まで1世紀以上にわたり砂防堰堤の工事が続けられている。

詳しい年代はよくわからないが、立山の砂防事務所が最初に開設されたことに由来。

写真


碑文

立山の砂防
ここより発す

建立趣旨

安政五年(一八五八年)の飛越地震は、立山カルデラを形成する大鳶山、小鳶山を大崩壊させた。崩壊土砂により荒れ果てたカルデラは、大雨の度に巨石を含む多量の土砂を常願寺川に流し、富山平野の人々を苦しめ続けた。
 常願寺川の平安を願う富山県は、この荒れ狂う自然の猛威に対し、明治三十九年、この地立山温泉に拠点を置き、県営事業として砂防工事に着手した。これが「天涯の地」立山カルデラにおける砂防の始まりであった。しかし、自然の猛威はすさまじく、工事は困難を極めたことから、砂防法の改正を行い、大正十五年、当時の内務省(現国土交通省)の直轄事業に引き継がれた。内務省立山砂防工事事務所の初代所長となった内務技師赤木正雄は、ここに事務所を設置し、基幹白岩砂防堰堤をはじめ総合的見知に基づく技術論に立脚した砂防工事を実践し、現代砂防の基礎を確立した。
 爾来、多くの先人達の情熱と英知と努力により、営々と続けられてきた大自然への弛まぬ挑戦は、立山砂防をして「砂防のメッカ」と言わしめるに至った。
 いま、新たな世紀の始まりにあたり、富山平野を守るために先人達が一世紀にわたり傾けてきた砂防への情熱と苦労、大自然に対峙する英知と気概に思いを致すとともに、これからの国土保全、災害防備への不断の努力を誓い、立山砂防の原点としてここに発祥記念の碑を建立する。

平成十三年十月吉日 

「立山の砂防発祥記念碑」建立委員会

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