上松線 乗合自動車 発祥の地

うえまつせんのりあいじどうしゃはっしょうのち

篠ノ井線の松本駅から北東に700m。国道143号を北に進み、女鳥羽川を渡った先。国道の一筋東側の道路に面して、市川薬局の北側に発祥碑が建っている。

“上松線”とは、上田-松本間を直接結ぶ路線のこと。

大正10年(1921) に㈱上田温泉電気軌道(現 上田電鉄)により、上田~青木間の鉄道(青木線)が開通。この鉄道を松本まで延伸しようという計画がたてられたが実現に至らなかった。代わりに昭和3年(1928) になって上松自動車㈱によって、松本と上田を直接結ぶバス路線が開通した。

この碑は上松自動車の設立60周年を記念して建てられた。

ちなみに、現在松本から上田に移動するには、鉄道であればJR篠ノ井線で篠ノ井駅まで行き、しなの鉄道に乗り換えて上田駅まで行くことになる。(約1.5時間、1510円)。バスは直行便がなく、鹿教かけゆ湯温泉で乗り換え、約2時間の行程になる。

またこれとは別に、戦後 昭和23年(1948) になって、上田~松本を結ぶ鉄道路線を建設する計画が再び持ち上がったことがある。“上田松本電鉄㈱”が設立されて、昭和27年(1952) には路線建設認可まで得ていたが、資金難のため着工に至らず頓挫している。

写真

  • 0418上松線乗合自動車
  • 0421上松線乗合自動車

碑文

上松線乗合自動車発祥の地

所在 松本市大手五丁目六番六号

〔沿革〕

一、上田~松本間鉄道敷設計画
  大正十年五月 市川儀勝翁等が
  中心となって松本嶺間人会を組織し
  上田~松本間に鉄道敷設を計画
  したが実現に至らなかった

ニ、上田~松本間乗合自動車運行
  その後昭和に入り乗合自動車運行
  事業を申請(昭和三年四月)

長野県指定収第13,296号
 松本市大字北深志下横田町1393番地

市川義勝 

昭和三年四月十七日附願 乗合自動車
営業ノ件許可ス但シ左記命令事項 
遵守スベシ

昭和四年三月廿日 
長野縣知事  千葉 了

右のように許可を得,昭和五年 上松
自動車株式会社を設立 当地に
本社を置き営業を開始した

松本市社会教育課撰文

“第二線路”開道100年と
  会社設立60年を記念して

石川廣徳  
石工永田裕規

地図

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