事業発祥の この地 (京都市営交通事業)
じぎょうはっしょうのこのち
京福線 四条大宮駅からなぜか斜めに走る後院通を北西に400m、京都市営バスみぶ操車場がある。敷地の北隅に京都交通労働組合の建屋があり、その裏のエアコン室外機やゴミ置き場となっている小スペースに石標が建つ。
明治45年(1912) 6月11日の市営電車(京都市電)の営業開始日、京都市電気軌道事務所(後の京都市交通局)が発足し、烏丸線、千本・大宮線、四条線、丸太町線の計7.7kmで電車の運行を開始した。
この創業時の拠点となったのが、同日に開設された壬生車庫(現・壬生操車場)である。現在、この地には「京都市営交通事業記念碑」が設置されており、市営交通発祥の地として記録されている。
市営事業に先行し、京都では明治28年(1895) 2月1日に民間企業の京都電気鉄道株式会社が日本初となる路面電車の営業を行っていた。京都電気鉄道は七条停車場から伏見下油掛間などで路線を拡大していたが、軌間(線路の幅)の違いや二重運賃の負担といった課題が存在した。
京都市は都市計画の一環である道路拡築と並行して市営軌道の整備を進め、競合状態を経た後、交通一元化の方針に基づき大正7年(1918) 7月1日に京都電気鉄道を買収した。この統合により、市営電車による市内交通網が確立された。
その後、昭和3年(1928) 5月10日には出町柳から植物園間で市営バスの運行を開始し、軌道とバスを併用した総合的な公営交通事業へと発展した。
写真
碑文
京都市営交通事業記念碑
京都市営交通事業は明治四十五年六月十一日、壬生車庫前-千本丸太町-烏丸丸太町-烏丸塩小路間及び四条西洞院-四条小橋間の開始によりその歩みを始め、昭和三年五月十日に乗合自動車事業をも開始した。
軌道事業は昭和五十三年九月三十日限りで廃止したが、昭和五十六年五月二十九日には地方鉄道事業(地下鉄烏丸線)を開始した。
創業七十周年を記念して事業発祥のこの地に記念碑を建てる。
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