401系 交直流電車 発祥の区

401けいこうちょくりゅうでんしゃはっしょうのく

常磐線 勝田駅から線路沿いに 北に1.3kmの地点に,JR東日本勝田車両センターがある。その構内に石碑が建っている。

鉄道の電化は直流電源を用いる方式でスタートした。しかし、直流方式は送電ロスが大きく地上設備のコストが高くなるため,1950年代から交流電化の採用が検討されはじめ、1955(昭和30)年に仙山線で,1957(昭和32)年に北陸線の敦賀において実用化試験が実施され、順次地方幹線において交流方式による電化が推進された。

直流方式と交流方式が併用されたため,両方式の間を直通運転するために、直流/交流を切り換える各種の方式が開発され、ここ常磐線では交直両用電車により交流区間と直流区間の間にデッドセクションを設ける “車上切替え方式”が採用された。

401系の電車は、1960(昭和35)年に 常磐線の取手~勝田間が交流で電化されるに際して登場した、日本初の(営業用)交直両用電車である。高度経済成長時代に東京圏の人口が急増し、通勤距離が長くなったため、電化区間を延長することになったが、直流方式で電化すると筑波山の東にある気象庁地磁気観測所の測定データに影響がでる怖れがあるため取手以北は交流電化することになった。このため、東京から直通運転できる交流直流両用の電車が必要とされ開発されたのが 401系で、その後の近郊型中距離電車の原形となった。

写真

  • 401系交直流電車発祥の区
  • 401系交直流電車発祥の区 碑文

碑文

401系交直流電車発祥の区

碑文

 当区は,昭和36年4月1日(西暦1961年) 創立,電車44輌,区員105名,同 年6月1日上野,水戸間の電化完 成に伴い営業運転を開始.初め て電車列車による首都圏通勤輸送 の基盤を確立.以来満20周年を迎 えるにあたり記念碑を建立して, 区員一同その業績を偲ぶものであ る。

昭和56年6月1日

地図

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ひたちなか市西大島2丁目 付近