江刺甚句まつり 起源の神社

えさしじんくまつりきげんのじんじゃ

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東北新幹線 水沢江刺駅から北に約6km、秋葉神社(奥州市江刺南大通り5-6)鳥居脇に石碑が設置され、令和8年(2026) 4月に除幕となった。背面には歴史が刻まれている。

江刺甚句まつりの起源は、江戸時代の万治2年(1659) に岩谷堂(岩手県奥州市江刺)で起きた「岩谷堂大火」に由来する。

この大火によって甚大な被害を受けた地域住民は、火災の惨事を教訓とし、火伏せ(火災予防)と復興を祈願して火防祭ひぶせまつりを始めた。その神事の中心となったのが、火伏せの神を祀る一日市ひといちの秋葉神社である。秋葉神社への祈願や大火の供養を目的とし、町内ごとに屋台を出して唄や踊りを奉納しながら練り歩く風習が形成された。この祭礼で踊られていたのが、地域に伝わる民謡「江刺甚句」である。

明治、大正、昭和を経て、火防祭は地域の伝統行事として継続された。その後、昭和49年(1974) に「江刺甚句まつり」として再編・統合され、市民参加型の大型行事へと発展した。

胆江日日新聞

写真


碑文

江刺甚句まつり
起源の神社

江刺甚句まつり実行委員長
奥州市長 郷右近 浩

地図

地図

奥州市江刺南大通り 付近 [ストリートビュー]