下山甚句 発祥の地

しもやまじんくはっしょうのち

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身延みのぶ波高島はだかじま駅・中部横断道 E52 下部温泉早川I.C. から川を挟んで西に2.5km、石川庵(南巨摩郡身延町下山2310-1)の国道52号に面するブロック塀に沿って看板が掲げられている。

当地は甲州市で工務店を営む ㈱石川工務所の下山支所という扱いになっているようだが、シェアスペースとして有料で開放している。

甚句じんくとは、日本全国の民謡や芸能において歌われる短歌形式の歌詞を持つ俗曲の一種である。基本的に七・七・七・五の都々逸どどいつや調子調 定型(七七七五)の音律を基本とし、手拍子や掛け声を伴って歌われる。地方ごとに独自の節回しや名所・名産を詠み込んだ歌詞が存在し、盆踊り歌や酒席の歌、上棟や祭りまたは相撲甚句など多様な形式に発展している。

下山甚句は江戸時代に下山で歇われ、七五五七四の五句二十八字の長詩型で、江戸の「コチャエ節」となった。句は130以上ある。

下山地区は古くから身延山久遠寺への参詣道 身延道沿いに位置する宿場町として栄えた地域である。富士川の舟運や街道を行き交う旅人、商人、参詣客が集い、交流する中で、地域固有の歌として発展した。下山甚句は、この地で暮らす人々が生活や身延山の情景、地域の気候風土を歌い継いできた。

下山甚句保存会から、「甲州下山大工の郷」の看板の横に看板を立てたいと申し出があり、石川工務所の先祖となる大工棟梁についても歌われているという縁があり、当地に看板を設置する運びとなったらしい。まさに石川工務所で発祥したというわけではないが、下山村を代表して国道沿いである当地が選ばれたということだろう。

写真


碑文

身延町無形民族文化財

下山甚句発祥の地

下山甚句保存会
下山歴史愛好会

(原文侭)

地図

地図

身延町下山 付近 [ストリートビュー]