本邦最初鉄筋混凝土橋

ほんぽうさいしょてっきんこんくりーときょう

大津市の琵琶湖取水口から山科〜蹴上を経て京都市内に至る琵琶湖第一疏水。第3墜道入口の手前東側に架けられた、幅員1.5m、長さ7.3mの孤形桁橋 11号橋。1903年(明治36年)7月に竣工。当時は鉄筋が手に入らないので、疎水工事に使われたトロッコのレールが使われ、その痕跡は今でも見ることができる。

現在は両側にH鋼を渡した上に安全柵が追加されているが、橋そのものはそのまま使われている。

工部大学(後の 帝国大学工科大学〜東京大学工学部)を卒業した若かりし田朔郎が琵琶湖疎水建設指揮の上で、コンクリート研究のために試作した。この結果、翌年には第2隧道近くに、日本初の実用コンクリート橋 10号橋 御陵黒岩橋を架け、第二疎水にも活かされるなど、コンクリート技術の発展の礎となった。

米蘭メラン式とは、鉄筋で補強する、現代では当たり前となった工法で、対するモニール式はネットで補強する工法。

石碑は1932年(昭和7年)に建てられたが、後に現在の位置に移設された。

橋の反対岸に「日本最初の 鉄筋コンクリート橋」碑がある。

写真


碑文

本邦最初鐵荕混凝土橋

明治三十六年七月 竣工
米蘭式鉄筋混凝土橋桁
工学博士田辺朔郎書之

地図

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京都市山科区日ノ岡堤谷町 付近