民族学博物館 発祥の地

みんぞくがくはくぶつかんはっしょうのち

写真


旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/education/Minzokugaku.htm

碑文

民族学博物館発祥の地

 かつてここ(西東京市東町1丁目11番地)には,日本初の野外展示物を含む民族学博物館がありました。その設立に物心ともに多大な貢献をしたのは,渋沢敬三と高橋文太郎,今和次郎でした。

 渋沢敬三は,視察したヨーロッパの博物館をヒントに同志の先頭に立ち,1937(昭和12)年,三田の自邸アチックミューゼアムから収集した民具等をここに移し,民族学研究所そして民族学博物館をつくりました。旧保谷在住でアチックの一員・民俗学研究者高橋文太郎は,広大な敷地の提供・工面(当初は約30,000㎡の計画,その後縮小),民家の寄付などの協力をしました。民家研究者・考現学提唱者の今和次郎は,博物館の全体構想図を描くとともに民家の移築などに尽力しました。
 1939(昭和14)年に開館した博物館は民家などの建物を野外に配置する一方,民具等を屋内に陳列し,戦中戦後は一時中断したものの,一般市民に公開されました。
 しかし時代を先取りし常民の生活に着目した博物館は,維持経営に行き詰まり,1962(昭和37)年閉館しました。
 民具等の標本約47,000点は国に寄贈され,文部省史料館を経て現在の国立民族学博物館に引き継がれています。また野外展示物の一つ高倉は,東京・小金井の江戸東京たてもの園に移築され現存します。
 この地に常民生活文化の発信源があったこと,またその探求・教育普及に精魂傾けた渋沢敬三たちの功績,これらを忘れさることなく後世に伝えるため,これを建てます。

2009(平成21)年11月

高橋文太郎の軌跡を学ぶ会記
(お問い合わせ 西東京市教育委員会)

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