日本 最初の 軽便鉄道 坊っちゃん列車

にっぽんさいしょのけいべんてつどう

伊予鉄道・道後温泉駅の構内。駅の東側に突き出した線路(留置線)の車止めの前に「坊っちゃん列車」の石碑があり,「日本最初の軽便鉄道」と書かれている。

軽便鉄道とは,軽便鉄道法に基づいて建設された,軌間1,067mm(日本で標準的に使われる“狭軌”)より狭い鉄道を指す。

日本における軽便鉄道は,1888(明治21)年に 軌間762mmで開業した伊予鉄道が最初とされる。1885(明治13)年に開業した阪堺鉄道(現南海電鉄)も 軌間762㎜であったが,阪堺鉄道は 機関車やレールが高規格であるため通常の軽便鉄道とは別格であるとされる。阪堺鉄道に次いで日本で2番目の民営鉄道として開業したのが伊予鉄道で,松山(現松山市駅)と三津(現古町)間約4Kmを28分で結んだ。建設費を抑えるため 軽便鉄道が採用されたが,その後 1911(明治44)年に軌間1,067mmに改められている。

伊予鉄道は松山市を中心に総延長43kmの鉄道路線を持ち,そのうち約10kmは 松山市内の路面電車となっている。現在 古町-JR松山駅前-道後温泉 および 松山市駅-道後温泉 の間で,蒸気機関車(実際は 蒸気機関車型のディーゼル車)が客車を引っ張る“坊っちゃん列車”が運行されている。

開業当時は 蒸気機関車が黒煙を出しながら走り,夏目漱石の小説“坊っちゃん”の主人公がこれに乗ったと書かれていることから“坊っちゃん列車”と呼ばれるようになったが,1966(昭和41)年に 全線が電化されたため廃止となった。その後 松山市観光のシンボルとして,地域活性化のため坊っちゃん列車の復活の声が上がり,ディーゼルエンジンで走る レプリカの蒸気機関車が製作されて,2001(平成13)年から運行を再開。現在は2編成により運行されている。

日本最初の軽便鉄道碑留置線上の坊っちゃん列車道後温泉駅

【リンク】伊予鉄道

写真


旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/transp/KeibenTetudo.htm

碑文

日本最初の軽便鉄道 坊ちゃん列車

明治21年10月28日 松山-三津間(6.8キロメートル)運転開始

停車場はすぐ知れた。切符も訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。夏目漱石著 小説「坊ちゃん」より

 伊予鉄道は明治20年9月14日に創立。翌年10月28日に日本初の軽便鉄道として松山-三津間の運行を開始しました。当時の伊予鉄道1号機関車は「四輪連結水槽付機関車」でドイツのクラウス社から輸入され,その後明治,大正,昭和と実に67年間にわたって松山平野を駆け続け,わが国初の軽便鉄道機関車 として昭和43年3月8日,愛媛県指定有形文化財に指定されました。

 夏目漱石が松山へ教師として赴任したのは明治28年,道後温泉をこよなく愛し,汽車に乗っては頻繁に足を運んだ機縁で,明治39年発表の小説「坊っちゃん」には,当時の道後温泉や軽便鉄道がユニークに描写されており,その後伊予鉄道の汽車は「坊ちゃん列車」の愛称で地元松山市民をはじめ多くの人々に親しまれてきました。

地図

地図

松山市道後湯之町 付近 [ストリートビュー]