日清紡績 創業の地
にっしんぼうせきそうぎょうのち
総武線 錦糸町駅から 北東に500m。横十間川に面し 亀戸二丁目団地を背にして 東京都水道局の亀戸給水所があり, その南西角に 黒色の石碑が建っている。
日清紡は 現在 綿紡績としては国内最大手の企業だが, 紙製品・自動車ブレーキ部品・エレクトロニクスなどの分野に事業を拡大している。
明治40年(1907) に資本金1,000万円で設立され, 翌年 この地に本社・亀戸工場を新設した。2万坪あまりの広大な敷地を有する工場だったが, 戦災により焼失。戦後は 運動場として利用されていたが, 昭和42年(1967) に住宅団地と 一部は水道局用地 などになった。
写真
碑文
日清紡績創業の地
日清紡績株式会社は明治40年1月創立後,東京府南葛飾郡亀戸町の当敷地2万余坪に,最新鋭設備を誇る本社工場を建設した。
最盛期には,紡機107,800錘, 織機360台を擁した本工場は ,昭和16年軍の要請により陸軍被 服本廠が使用するに至るまで,45年に亘り主力工場として綿糸布を 生産し,広く内外の需要に応えると共に,幾多の人材を輩出した。
この間明治43年,大正6年, 昭和13年の三たび横十間川の洪水で浸水し,大正12年には関東大震 災に逢ったが,従業員の献身的努力によりこの職場を守り得た。
昭和20年大戦下の空襲により焼土と化したが,運動場として整備し主として勤労青少年の体育に寄与してきた。偶々昭和42年東京都浄水場,日本住宅公団用地として提供するに至り,当社の手を離れた。
今般この地に記念碑を建立し会社 創業関係者の遺徳と,生死苦楽を共にした多数従業員各位の功績を偲ぶものである。日清紡績株式会社
昭和46年5月建之