大谷学園 発祥の地
おおたにがくえんはっしょうのち
大阪地下鉄 御堂筋線・中央線・四つ橋線 本町駅13号出口から南に300m、真宗大谷派 難波別院 南御堂(大阪市中央区久太郎町4丁目1-11)敷地に石碑が設置された。令和8年(2026) 10月14日除幕。
明治42年(1909) 、真宗大谷派の僧侶 左藤了秀が、境内に大谷裁縫女学校を設立したことに始まる。つまり、大谷学園のはじまりはこの東大谷高校である。
左藤了秀は、日露戦争後の社会状況を背景に、仏教の教えを学校教育を通じて人々の心に根付かせることを目指した。女子教育に力を注ぎ、裁縫教育を出発点としながら、宗教的情操を育む教育を実践したのである。学園の建学の精神は「報恩感謝」であり、仏教の精神を教育の根幹に据えてきた。
明治44年(1911) 、大谷裁縫女学校は大谷女学校と改称された。その後、学校の発展に伴って教育施設の整備が進み、大正13年(1924) には大阪市阿倍野区共立通に大谷高等女学校が設置された。昭和6年(1931) には大谷女学校も阿倍野区へ移転。
敷地内には欧学校から発した北野高校の発祥碑もある。
写真
碑文
大谷学園発祥の地
報恩
感謝
左藤 恵 書大悲無倦常照我
左藤了秀 書
……
左藤義詮 書
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