小樽 教育 発祥之地

おたるきょういくはっしょうのち

JR函館本線の南小樽駅の南に隣接する量徳りょうとく小学校の、L字型に配置された南側の校舎の東端の入口に、横長の石碑が建つ。

量徳小学校は小樽最古の学校であり「小樽教育発祥の地」とされる。

資料が少なく量徳小学校の詳しい歴史はわからないが、1872(明治5)年の学制発布に伴いその翌年、小樽地区ではこの地に「小樽郡教学所」、手宮てみやに「高島教学所」が開設され、その後も銭函ぜにばこ忍路おしょろ朝里あさり祝津しゅくつなどに教育所が開設されていった。

1877(明治10)年には小樽教育所を「量徳学校」と名称を変更し、さらに「尋常小学校」「国民学校」を経て太平洋戦争後「小樽市立量徳小学校」となった。1975(昭和50)年ごろには現在の校舎を新築。2002年に量徳小学校は開校130周年を迎えた。

少子化の進展によって小樽市内の小学生はピーク時(1985)の1/5ぐらいまで減少し、“小学校適正配置”の検討が行われている。一時量徳小学校は北手宮小・手宮小・堺小と共に2006年に廃止される方針が出されたが住民の反対により白紙撤回され、再検討されている。

追記 2016/2

量徳小学校は2012年に廃校となり、跡地には市内の病院が統合され2014年12月新たに小樽市立病院が建設され移転して来ました。碑は撤去されたものの新しくなって設置されたようです(参考:おたるくらし)。このページの地図表示は、旧碑の案内の場所を示しています。

【リンク】量徳小学校小樽市立病院

写真

  • 小樽教育発祥の地
  • 002量徳小学校
  • 004量徳小学校

碑文

小樽教育発祥之地

小樽市長 志村和雄

地図

地図

北海道小樽市若松1丁目 付近 [ストリートビュー]