新城の地名 発祥の地

しんしろのちめいはっしょうのち

準備中
調査:
2012年11月 (写真提供 OLDMANさん)

JR飯田線 新城しんしろ駅から南南東に800m。新城小学校の校庭の奥(南端)に“しろあと資料館”と名づけられた古い木造の建物がある。その正面に黒い石碑が建っている。

新城小学校のあるこの地は 新城城しんしろじょうの城址。運動場は本丸の跡、学校の正面には城門を思わせる復元された門があり、土塁の跡や深い堀も残されている。豊川に臨む断崖を利用した城郭であった。この城の名前が「新城市」の地名になっている。

織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼が戦った長篠の合戦(天正3年=1575)の後、長篠の城主・奥平信昌は 家康の長女亀姫を娶り ここに城を築いた。長篠城の“旧城”に対して新しい城という意味で「新城」城と名付けた。

その後家康が江戸に移ると 奥平氏はそれに従って関東に移り、城主は片桐・水野・菅沼と代わり明治維新まで続いた。

写真


旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/timei/Sinsiro.html

碑文

新城
新城の地名発祥の地

地図

地図

新城市東入船 付近