白花豆 植栽 発祥記念碑

しろはなまめしょくさいはっしょうきねんひ

函館本線の倶知安くっちゃん駅から南東に40km。国道276号で喜茂別きもべつ町役場から支笏湖方面に向かうと,途中に旧双葉小学校の校舎を利用した史料館がある。このグランドの隅に国道に面して碑が建っている。

「白花豆」とは 白い花をつける「花豆」のことである。花豆はマメ科インゲンマメ属の豆で,学名を“ベニバナインゲン”という。その名の通り 通常は紅色の花をつけ,大粒の豆には虎斑模様がある。しかし,その中に真っ白の花をつけるものが混じることがあり,その豆も白色になる。

下山嘉三氏は 1911(明治44)年 43歳の時に山梨県からこの地に入植し,豆の栽培を始めた。紅色の花の中に白色の花が混じることに気がつき,白い花をつける豆を選別して 翌年それだけを蒔いて再び白い豆を選別するという“純系淘汰”を行った。これを毎年繰り返すことで,紅花の比率がが徐々に少なくなり,白花が多くなっていき,1924(大正13)年になってようやく 白花だけになる“純化”に成功した。

白花豆は 通常の2倍以上の価格で売れたものの,下山氏独りだけの栽培に留まったため生産量が少なく,経済的なメリットが得られないまま,下山氏はこの地を離れた。

現在,花豆の生産は 北海道が全国の95%を占めており,中でも(旧)留辺蘂るべしべ町(2006年に北見市と合併)が日本一の生産量を誇っている。しかし 発祥碑のある喜茂別町での生産はほとんど皆無である。

この碑は,今は姿を見ることができなくなってしてしまった喜茂別町で 白花豆が創られたことを後世に残すために,下山氏の遺族が 1997(平成9)年に建立した。

写真

  • 白花豆植栽発祥記念碑 背面
  • 白花豆植栽発祥記念碑

碑文

下山嘉吉翁の
白花豆植栽
発祥記念碑

明治四十四年月下山嘉吉(四十三歳)
現山梨県甲府市落合村から入植
大正十三年苦闘の末 白花豆の純化を完成する

建立者
下山嘉三
志村あをの
青木長通
塩澤和彦

平成九年十月吉日建立

地図

地図

喜茂別町中里 付近 [ストリートビュー]