花いっぱい運動 発祥の地

はないっぱいうんどうはっしょうのち

準備中
調査:
2009年10月 (写真提供 T.H.さん)

JR篠ノ井線の松本駅から北東に700m。松本駅から松本城に向かうと、女鳥羽川に架かる千歳橋を渡ったすぐ東側の花壇の中に「花いっぱい運動発祥の地」と刻まれた石碑が建っている。発祥碑の東側に連なる武家屋敷風建物の通りは“縄手通り”と呼ばれる商店街となっている。

「花いっぱい運動」は、戦後の荒廃の中で「社会を美しく・明るく・住みよく」し、花を通じて人々の気持ちを豊かにするという願いを込めて、1952(昭和27)年に当時松本市の小学校教員だった小松一三夢氏が提唱して始まった。

最初は「街を花いっぱいにする会」という小さな組織による活動だったが、徐々に松本市民の理解と協力を得て、当時の降旗徳弥市長(元 逓信大臣)の積極的な支援によって松本市を挙げての活動に発展した。さらに新聞によって全国に報道されてからは全国各地にも運動が広まっていった。

現在松本市内を歩くと、街中のいたるところに小さな花壇があり店先には花が飾られて、さりげなく美しい街並みを作っている。

1955(昭和30)年には“全国花いっぱい大会”が開催され、以後ほぼ毎年各都市を持ち回りで全国大会が開催されており、今年(2009年)は第52回大会が三重県伊勢市で開かれた。さらに1960(昭和35)年に開催された世界大会も数年置きに開かれており、これまでに5回の世界大会が開催されている。

花いっぱい運動発祥の地碑

写真


旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/culture/Hanaippai.htm

碑文

花いっぱい運動発祥の地

   花いっぱい運動の来歴

 花いっぱい運動は、戦後の人心山河荒廃のなかから、「社会を美しく・明るく・住みよくする」ために、昭和二十七年四月八日、小松一三夢氏によって提唱・実践され、歴代会長をはじめ降旗徳弥会長を先頭に、すべての松本市民の善意によって推進された。
 花いっぱい運動の心は、日本国内はもとより世界中にひろがり、「個人の花」から「社会の花」へ、「家庭の花」から「公共の花」へと新しい「花の美学」を打ちたてたものとして高く評価され、山本有三記念郷土文化賞を授与されるに至った。
 ここに人類悲願の愛と幸せと平和の確立を求めたこの運動の発祥を記念し、永遠の発展を願ってこの碑を建てる。

昭和六十二年十月三日    松本市

地図

地図

松本市大手 千歳橋 付近 [ストリートビュー]