放生会 発祥の地
ほうじょうえはっしょうのち
日豊本線
天平勝宝7年(755) に神託を受けて開始された祭礼は、寄藻川の河口付近に位置する和間神社・浮殿を主な舞台として執り行われた。宇佐神宮から八幡神の神輿が和間神社へ御幸し、川へ
放生会では、福岡県吉富町の
→ 和間まちづくり協議会 https://wama-machikyo.jimdofree.com/%E6%94%BE%E7%94%9F%E4%BC%9A%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/
放生会「発祥の地」は大分・宇佐なのです。#放生会
— 貞松 慎二郎 (@sada950000) September 13, 2026
宇佐神宮「放生会」 黄金色の稲穂揺れ、みこし進むhttps://t.co/KUKi6BTYYl pic.twitter.com/K07mkIcErl
写真
碑文
放生会発祥の地
道行ばやし
蜷 流し
子ども神輿和間文化財愛護少年団
和間地区まちづくり協議会
北条会発祥の地
和間神社1300年の歴史
和間地区まちづくり協議会
和間神社御由緒
祭神
八幡大神
比売大神
神功皇后この地は神武天皇東征の寄港地でありまた神功皇后の三韓征伐の軍船をつくられたなど宇佐と共に古い神蹟である。
七一九年養老三年南九州の隼人の乱をしずめるため国司は宇佐神宮を奉じて軍をすゝめたたが強く反抗したので策をかまえ人形が相撲をする舞を見せて亡した。この為に隼人の怨みがあらわれていろ〱の病妻があったので勅命でこの怨霊の祭を放生会として称して行われることゝなった。現今全国各地で秋に放生会をするが七四三年天平十六年に宇佐神宮が古代から由緒のある神域和間の地で勅大祭が行われたのがこの祭り、また和間神社のおこりである。
戦国時代頃までは神域は浮殿を中心にして松崎・佐々礼・水崎におよぶ殺生禁断の地であり古表神社(築上郡𠮷富町)の神相撲(くぐつの舞)やいろ〱のお舞楽があり法運、華厳、覚満、射能等の仏事もあった
宇佐神宮をたゝれた八幡宮若の神幸は黴び荘厳いろ〱の神事を行ない放生会(たゞ今は仲秋祭)がこの神社で行なわれた。
然、神宮の盛衰と共に応永年間足利幕府大内氏の寄進
元和年間細川忠興の力で再興され また、昭和十三年から現制に復古したが往時を偲ぶ姿もなく境内も縮小したが昭和三十九年六月十日に社殿神域を復旧造営した。祭日
四月三日 祭
十月十日 仲秋祭
十一日 (放生会)
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