加積 りんご 発祥地
かづみりんごはっしょうち
富山地鉄 新魚津駅から東に1.5km、吉島会館(魚津市吉島2068)前に大きな石碑がある。
明治38年(1905) 、水持ちが悪く米づくりに適さなかった加積村吉島の富居太次郎が、果樹栽培に着目して同地で初めてリンゴの苗木を導入・植栽したことが栽培の始まりである。同年に同村西尾の米田清次郎も青森県から導入した「国光」や「紅玉」の苗木50本を耕地整理後の田畑に植え付け、栽培の定着と普及に大きく寄与した。
当時の加積地区は片貝川の扇状地に位置し、土地の水持ちが悪いうえ、用排水路も十分に整備されておらず、干害や水害に悩まされていた。稲作に適した土地ではなかった一方、屋敷内の柿がよく育っていたことから、富居太次郎はこの土地では果樹が適していると考え、りんごの栽培を始めたとされる。
りんごは加積地区の気候や土地条件に適応し、栽培は吉島を中心に周辺へ広がった。太次郎の孫である富居庄作も栽培を広げ、縁故者や近隣の住民にりんご栽培を勧めたことで、次第に加積地区一帯がりんご産地として形成された。
大正4年(1915) には加積果樹組合が設立され、村全体で本格的な果樹園の経営と生産拡大が推し進められた。両名をはじめとする先覚者の試行錯誤を経て、北陸地方における西洋リンゴ栽培の成功事例となり、富山県内有数のリンゴ産地へと発展する基盤が築かれた。昭和12年(1937) には加積りんご組合が設立され、当初20人だった組合員によって共同の産地づくりが進められた。
その後、栽培技術の向上や無袋栽培の普及などによって産地として発展し、現在は「加積りんご」の名称で販売されている。平成20年(2008) には「加積りんご」が地域団体商標に登録された。
#発祥地、#魚津市。魚津市吉島 加積りんご発祥地碑。明治38年、当地に初めて栽培され、以来、栽培技術の追究に努められて今日の魚津名産[加積りんご]となった。吉島会館前。 pic.twitter.com/zjvHeHl2TA
— 村尾伸行 (@nobuyukimurao) September 24, 2022
写真
碑文
加積
りんご発祥地魚津市長 清川七良謹書
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