松浦党 発祥の地

まつらとうはっしょうのち

“道の駅松浦(まつうら)ふるさと館”横の国道松浦バイパスの志佐川に架かる橋のたもとに木製の碑(看板)が建っている。

141松浦党発祥の地

脇に 松浦党についての説明板が設置されている。

2006年に松浦市今福町仏坂免の道路公園にある碑について紹介しましたが、同内容のものが別の場所に新たに明らかになりましたので紹介します。

写真

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碑文

松浦党発祥の地

松浦党とは北松島半島を中心として海を舞台に活躍した武士団で、嵯峨天皇の子孫、源ひさしが始祖といわれています。久は1069年にこの地方を治めるため宇野御厨検校みくりやけんぎょう(長官)として現在の松浦市今福町に赴き、梶谷城かじやじょうを築いて「松浦」の姓を名乗り、以後、久の子孫がこの地方 に拡がっていきました。

松浦党の水軍はとみに強く、源平合戦にも平家方の主力として参戦しました。また、元軍が北部九州に攻め寄せた「文永の役」「弘安の役」では伊万里湾内に集結した元軍に奇襲戦法で戦いました。松浦水軍は村上水軍と共に全国にその名を馳せました。

松浦市
社団法人平戸法人会

社団法人平戸法人会社団化二十週年記念事業

平成21年2月

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地図

地図

志佐町庄野免 付近 [ストリートビュー]