蘇我小学校 発祥之地(福正寺)

そがしょうがっこうはっしょうのち

外房線(内房線・京葉線)蘇我駅の西150m。線路と国道357号の中間の道に面して 日蓮宗 福正寺(中央区今井1丁目13-24)がある。 山門を入って右手の境内隅に 草花に囲まれた黒い石碑が建っている。

明治6年(1873), ここ福正寺に「今井小学校」が開設され, 戦後 昭和22年(1947) に「千葉市立蘇我小学校」と改称された。蘇我小学校の現在地は ここから約600m南(中央区今井3丁目)にある。

福正寺は、蘇我小学校の歴史をたどるうえで最も早い段階に位置する学校所在地である。明治6年(1873) に福正寺を設置場所として蘇我小学校の前身となる小学校が開設された。その後、曽我野・今井・寒川の各学校へ分かれ、さらに明治41年(1908) に曽我野・今井・赤井の3校が合併して蘇我尋常小学校となった。

したがって福正寺の碑は、蘇我小学校につながる学校教育が最初に始まった場所としての「発祥之地」を示すものである。一方、赤井稲荷にも蘇我小学校の発祥碑がある。そちらは、明治25年(1892) に設置された赤井小学校の跡地を示しており、その学校が明治41年(1908) の合併によって蘇我尋常小学校の一系統となったことから「蘇我小学校発祥之地」の一つとなっている。

蘇我地区は, 北は千葉港。南側の海岸一帯は 臨海工業地帯で, 石油化学や造船業などの工場が林立している。蘇我駅に最も近い川崎町には川崎製鉄(平成15年(2003) から JFEスチール)の工場があり, JFEの社宅・体育館・病院などがあって 企業城下町の雰囲気がある。しかし工場の縮小が 行われつつあり, 臨海地区の再開発が進行中。

→ 蘇我小学校発祥之地(赤井稲荷)
→ 蘇我小学校 発祥之地(曽我野)

写真

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碑文

蘇我小学校発祥之地

明治六年今井小学校之跡

昭和四十九年二月二十三日
蘇小創立百年記念於建之

地図

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中央区今井1丁目 付近 [ストリートビュー]