地名 発祥の由来

あさひちめいはっしょうのゆらい

東海道線 平塚駅の西約3kmに「旭地区」と呼ばれる地域がある。行政上の地名・住居表示で言えば山下・河内・万田・高村・根坂間・その他の町が含まれる地域である。この「旭」という地区名がどうして発祥したのかについて、その由来を記した碑が平塚市と‘旭地区団体連絡協議会’によって、今年(2004年)6月に設置された。場所は旭小学校の北東角。

都市の名前など地名の発祥を記した碑はあちこちにあるようだが、地元の人にしか知られていない地域の名称、それも通称としてしか使われていない地名を取り上げた発祥碑は珍しい。また『合併した二つの村の大字の数(九)と日の字を組み合わせて「旭」とする』という、大変ユニークな発想で学校の名前を決めたというのは愉快である。

写真

  • 旭地名発祥の由来碑建設の経緯
  • 旭地名発祥の由来
  • 旭小学校
  • 旭地名発祥の由来(2019) 背面
  • 旭地名発祥の由来(2019)
  • 旭地名発祥の由来(2019)
  • 「旭地名発祥の由来」碑 建立の経緯(2019)

碑文

旭地名発祥の由来

小学校の校名として決められたことに始まる。
明治三十四年二月, 当寺の尋常小中(こなか)小学校, 尋常山背やましろ小学校, 高等公所くぞ小学校を統合して, 現在の旭小学校の位置(当寺の小中, 山背両村の境界)に 小中, 山瀬組合立尋常高等小学校が誕生した。
そのとき校名を何とするかということで, 両村長 を中心に村の有志がいろいろ案を練り, 中郡長のすすめもあって, 両村合わせた大字の数の九と日が 組み合わさった旭の字をとり, 旭日昇天の勢いで繁栄するようにとの願いを込めて「旭」と決められた。
それから八年後の明治四十二年四月, 小中, 山瀬 両村が合併したときに, 村名も小学校名と同じ旭をとり「旭村」となった。
昭和二十九年七月の平塚市との合併で, 旭という地名は行政上はなくなったが, 一般に旭地区と呼称され現在に至っている。

旭地区団体連絡協議会
(自治会名略)

平成十六年六月建立

「旭地名発祥の由来」碑 建立の経緯

 旭村は昭和二十九年七月十五日に平塚市と合併しました。その後, 町は急速に発展し, 人口も十倍以上に増えました。そのため, 平成元年四月には, 自治会連合会が南北に分かれましたが, 平成三年十一月には旭地区団体連絡協議会が発足し, 旭地区が一体となったまちづくりを進めています。
 この「旭地名発祥の由来」碑は, 平塚市との合併五十周年を記念し, 旭地区団体連絡協議会と各自治会等の協力により, 旭地区のまとまりのシンボルとして, 建立されました。

〔こ〕 九つの 村に日を当て 旭の名(’旭郷土いろはかるた)

平成十六年(二〇〇四年)六月

平塚市

地図

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