銀行 発祥の地

ぎんこうはっしょうのち

兜町にある東京証券取引所の南隣のブロックに、みずほ銀行兜町支店がある。この南側の壁面に銀行発祥の地のプレートが嵌め込まれている。この地域は東京の金融の中心で、名前を聞いたこともないような証券会社を含めて無数の金融機関が軒を連ねている。

明治6年(1873)、この地にわが国初の国立銀行「第一国立銀行」が創設された。後に「株式会社第一銀行」となり(初代頭取は渋沢栄一)、更に第一勧業銀行を経て、現在はみずほ銀行となっている。

写真

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碑文

銀行発祥の地

この地は明治6年6月11日(1873年)
わが国最初の銀行である第一国立銀行が
創立されたところであります

昭和38年6月建立

銀行発祥の地

渋沢栄一《しぶさわえいいち》翁
Eiichi Shibusawa

渋沢栄一《しぶさわえいいち》翁は幕末《ぱくまつ》の慶応《けいおう》3(1867)年《ねん》に渡欧《とおう》し、最先端《さいせんたん》 経済制度《けいざいせいど》や科学技術《かがくぎじゅつ》を学《まな》びました。帰国後《きこくご》はその知識《ちしき》を活《い》かし、明治政府《めいじせいふ》において新生《しんせい》日本《にほん》の基盤《きばん》となる制度作《せいどづく》りに力《ちから》を発揮《はっき》しました。その後《ご》実業界《じつぎょうかい》に転《<rtてん>》じ、 生涯《しょうがい》を通《つう》じて約《やく》500にものぼる株式会社《かぶしきがいしゃ》の設立《せつりつ》・育成いくせい《》を行《おこな》うとともに、学校《がっこう》や病院《びょういん》など約《やく》600の社会《しゃかい》・公共《こうきょう》事業《じぎょう》の育成《いくせい》・推進《すいしん》にも力《ちから》を注《そそ》ぎ、近代《きんだい》日本《にほん》社会《しゃかい》・経済《けいざい》の基礎作《きそづく》りに大《おお》きな貢献《こうけん》をしました。
中《なか》でも、渋沢《しぶさわ》翁が中心《ちゅうしん》となって明治《めいじ》6(1873)年《ねん》にこの場所《ばしょ》に開業《かいぎょう》した「第一《だいいち》国立《こくりつ》銀行《ぎんこう》」は、日本《にほん》最初《さいしょ》の近代的《きんだいてき》な銀行《ぎんこう》として有名《ゆうめい》です。この地《ち》周辺《しゅうへん》にはその後《ご》日本《にほん》で最初《さいしょ》の株式《かぶしき》取引所《とりひきじょ》(現《げん》東京《とうきょう》証券《しょうけん》取引所《とりひきじょ》)や数多《かずおお》くの会社《かいしゃ》が次々《つぎつぎ》と設立《せつりつ》され、兜町《かぶとちょう》は日本《にほん》経済《けいざい》の中心地《ちゅうしんち》として発展《はってん》していきました。

写真提供:
公益財団法人渋沢栄一記念財団渋沢史料館:
本パネル「渋沢栄一翁」・二代目建物パネル「震災後の等建物」
清水建設株式会社:上記以外
協力:
公益財団法人渋沢栄一記念財団渋沢史料館・株式会社みずほ銀行・清水建設株式会社
製作:
清和総合建物株式会社

地図

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中央区日本橋兜町 付近 [ストリートビュー]