上野幌 小学校 発祥の地

かみのっぽろしょうがっこうはっしょうのち

JR千歳線 上野幌かみのっぽろ駅から北西に500m。国道274号(平和通)の北側,千歳線線路の西側に“厚別南緑地”という公園がある。住宅地の端から公園に入ると,丘の上に東屋の置かれた広場があり,広場東端の茂みに隠れるように,横1.5mほどのパネルがある。

上野幌小学校は,札幌市厚別区にある17校の市立小学校の一つで,厚別区内では信濃小学校・小野幌このっぽろ小学校に次いで古い歴史を持つ。児童数は 1988(昭和63)年に 1300名を超えるマンモス校となったが,上野幌西小学校(1989)・上野幌東小学校(1992)が開校・分離したこと,周辺の宅地化が落ち着いたことにより,現在の児童数は約190名となっている。

沿革

明治33年(1900)
「白石村野津幌簡易教育所」が設置される。(児童数2名)
明治34年(1901)
「野津幌小学校」となる(児童数54名,教員1名)。この地に校舎落成(16坪)
大正2年(1913)
「野津幌尋常小学校」となる
昭和16年(1941)
「白石村野津幌国民学校」と改称
昭和22年(1947)
「白石村上野幌小学校」と改称
昭和25年(1950)
白石村が札幌市と合併,「札幌市立上野幌小学校」と改称
昭和54年(1979)
厚別南7丁目(現在地)に校舎新築・移転。開校80周年。

訪問時も汚れが激しく読み取りにくい状態だったが、手入れがたいへんらしく、後にスタンド型の表示に改められ、パネルが横たわる形から垂直に立った状態に変更されたようだ。

写真

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  • 上野幌小学校発祥の地
  • 厚別南緑地

碑文

上野幌小学校発祥の地

 野津幌(現 上野幌)の地に開拓の鍬が入れられ十余年が経過した明治三十三年十月 上野幌小学校の前身である白石村野津幌簡易教育所がこの地に設置され,以来九十年の歳月が流れた。

 当時.学校の敷地や校舎は,地域住民の貴重な寄贈や寄付により実現した。
 その後,
   明治三十四年 白石村野津幌尋常小学校,
   昭和十六年  白石村の野津幌国民学校,
   昭和二十二年 白石村立野津幌小学校と改称され,
   昭和二十五年 現校となった。

 この間幾多の有為な人材を輩出した本校は児童数の急激な増加のため,昭和五十三年人々に惜しまれながら北西四百メートルの現在地に移転した。
 この碑は,上野幌小学校開校九十周年に当たり、先人の偉業を讃え永く校跡をとどめるために建立された。

平成元年十月二十八日

地図

地図

札幌市厚別区厚別南7丁目 付近