樽川 発祥之地

たるかわはっしょうのち

 
撮影:
2025年9月(写真 まさ・なち さん)

函館本線 星置駅から道道225号を北東に約8km、樽川公園(石狩市新港西2丁目784)南西隅に端正な四角い石碑がある。台座部分には碑文のプレートが嵌められている。

樽川の地名は、新川河口付近を流れていた「小樽内オタルナイ川」に由来し、アイヌ語で「砂浜の中の川」を意味する「オタ・オル・ナイ」が語源となっている。江戸時代の安政年間にはすでに人家が存在し、明治15年(1882) に樽川村が開村した。明治後期から大正、昭和にかけては、馬鈴薯の栽培や酪農業を中心に大いに栄えた純農村地域であった。

この地域に大きな転機が訪れたのは、昭和50年(1975) のことである。巨大な「石狩湾新港」を建設・管理するにあたり、石狩町(当時)と小樽市の間で自治体境界の変更が行われた。この境界変更にともない、それまで石狩側に属し、歴史的な樽川の発祥の地でもあった海岸沿いの広大な一帯(約8.75km²)が小樽市へと編入・割譲された。現在の小樽市銭函4丁目付近にあたる。

この割譲により、先祖代々その土地を開拓し、守り続けてきた地域住民65戸・314人は、住み慣れた故郷を離れて現在の石狩市側の区域へと集団移住を余儀なくされた。この歴史的背景を受け、失われた本来の故郷の記憶と、明治期から続く樽川開拓の苦難と栄光の歴史を後世に伝えるための記念碑が計画された。

昭和60年(1985) 、移住先となった石狩市新港西2丁目の樽川公園内に「樽川発祥之地」の記念碑が建立された。なお、小樽市側に編入されたかつての集落跡地(銭函4丁目)の海岸沿いにも、小樽の地名の発祥を示すオタナイ発祥之地の碑が建てられている。

    写真

    • 樽川発祥之地
    • 樽川発祥之地 碑文
    • 樽川発祥之地

    碑文

    樽川発祥之地

    碑誌

    此処石狩町樽川の発祥地はオタナイにして江戸時代後期鮭漁場開設 フムベオマイ之に次ぐ 明治十五年樽川村開村 同十八年山口県人集団移住し安住の基礎を築きたり
    以来一世紀農漁業栄え来れるも石狩湾新港建設に関連して村域の一部を小樽市に割譲
    土地を北海道に供し村民新団地に移る
    依ってここに碑を建て来歴を偲び先人の偉業を讃え永遠に之を伝える

    昭和六十年十月建立
    樽川発祥之地記念碑建立期成会
    田中 實 撰文
    霜觸重雄  書

    地図

    地図

    石狩市新港西2丁目 付近 [ストリートビュー]