仁木村 発祥の地

にきむらはっしょうのち

JR函館本線の仁木駅から西におよそ700m。国道5号線(羊蹄国道)の仁木町役場の近くの交差点付近に“北町”という標識があり、近くの民家の低いブロック塀の内側に「仁木村発祥の地」と刻まれた黒い石碑が建っている。

仁木町は 小樽市・余市町などとともに後志しりべし支庁に属し,リンゴ・サクランボ・ブドウなどの果樹栽培が盛んな町。

1879(明治12)年に,徳島県川島町(現:吉野川市)から,仁木竹吉が率いる360名余が集団で入植した。これが和人定住の始まりで,翌年に「仁木村」が誕生した。村名は仁木竹吉に因んでつけられた。その後山口県からの移住を中心に住民が増え,1883(明治16)年に「大江村」となり,戦後 1964(昭和39)年に「仁木町」となった。

写真

  • 仁木村発祥の地
  • 仁木村発祥の地 背面
  • 仁木町北町交差点近く

碑文

仁木村発祥の地

明治十二年十一月十四日徳島県吉野川流域の農民百十七戸が,この地(旧仁木村三十四番地)に入植し,元小屋を建て開拓事務所として使用,後に北海道開拓使勧業課出張所となった。
明治十六年に仁木村外二か村戸長役場・同三十五年には大江村役場となり,昭和二十八年現在地(旧大江村大字仁木村三十七番地)に建て替えるまでの間,本町開拓の基地としたのがこの位置である。

平成六年十一月一日建立

仁木町郷土史研究会
賛助者 野村文子・野村宏明
揮毫  藤田清司

地図

地図

仁木町北町 付近 [ストリートビュー]