品井沼開拓発祥の碑
しないぬまかいたくはっしょうのひ
写真
碑文
百折不撓
宮城県知事 高橋進太郎品井沼開拓発祥の碑
この鎌巻の地に今は近代的な家屋が立ち並び住民ひとしく喜々として楽しく生活しているが開拓以前の姿は大谷地の地名のとおり一帶は言語に絶する荒野で茅逢などが密生していた 品井沼干拓事業の父といわれた鎌田三之助翁の卓越した指導に基づきこの地に新天地開拓の希望を掲げ山形県長瀞村から塩野重治郎氏を団長に十八名が山野を徒歩で辿り着きこの碑より北方四百米先の鳴瀬川沿岸の小高き丘東鼠子河原六十四番地に旧明治四十二年十二月二十二日棟割長屋を建て沼瀞団と称し蹶然開墾の第一鍬を切り込んだのであるこのことは鹿島台町開墾事業の発祥の地として永久に記念しなければならない 以後ここ鎌巻を草分けとして内の浦志田谷地美賀野間と続々開拓の道を開き当町現在の経済基盤を築いたのである石をも貫く不撓不屈の斗志で度重なる大水害などにもめげず波乱曲折を乗りこえた先駆者の血の滲む努力があったればこそ今日の美田と安住の地を得ることができたのである我々は先人の遺業を偲び尊敬と感謝の念を深くするものである 当時の先駆者は殆ど物故されたが幸いにも生存されている方々の記録を整理しその一端をこの碑に刻み明治百年を期し開拓六十周年を記念してこの遺業を永久に子孫に伝えかつより輝かしい未来を築くために強く前進することを誓いこの碑を建立するものである
昭和四十三年十二月二十二日