東京府立 第三高等女学校 発祥の地

とうきょうふりつだいさんこうとうじょがっこうはっしょうのち

地下鉄 六本木駅の南。 港区立六本木中学校(六本木6丁目8-16)の正門を入って校舎までの途中に, 大きなイチョウの木があり, その根元に「大銀杏由来の碑」と書かれた石碑が建っている。

「東京府立第三高等女学校」は, 1902(明治35)年に“麻布日ヶ窪”と呼ばれたこの地に開校し, 戦前は女子高等教育の名門として「浅草の一女(現・白鴎高校)・小石川の二女(現・竹早高校)・ 麻布の三女」と呼ばれていた。

太平洋戦争時に空襲により校舎が焼失し, 1946(昭和21)年に現在地である駒場(目黒区大橋)に移転, 1948(昭和23)年に「第三女子高等学校」となったが, 1950(昭和25)年「東京都立駒場高等学校」と校名を変更して現在に至っている。

この地には, 戦後1947(昭和22)年に港区立城南中学校が創設されたが, 1998(平成10)年 三河台中学校と合併して「六本木中学校」と改称。三河台中学の校舎に入ったが, 2000(平成12)年新校舎完成により この地に移転した。

写真

  • 府立第三高女発祥の地 背面
  • 府立第三高女発祥の地 台座 背面
  • 府立第三高女発祥の地 背面
  • 府立第三高女発祥の地 碑文
  • 府立第三高女発祥の地
  • 六本木中学校

碑文

大銀杏由来の碑

 この地は明治35年(1902年)開校された東京府立第三高等女学校発祥の地である。
 太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)5月米軍機による東京大空襲により全校舎が焼失するまでの43年間,向学心に燃えた多くの乙女たちが学んだ由緒ある女学校の跡地でもある。
 この大銀杏は,同女学校第6回卒業生が,明治43年(1910年)に記念植樹したもので, 先の大空襲の時猛火を浴びて枯死寸前にまで 至ったが見事に蘇生し, 今日樹齢百年を数えようとしている。
 戦後, 学制改革により第三高等女学校が都立駒場高等学校として駒場に移転した。昭和22年(1947年)港区立城南中学校が創設され昭和24年(1949年)5月建築中であった新校舎1期工事完成と共に此の地に移った。
 本年, 開校40周年を迎えるに当り, 記念として大銀杏の由来を 此処に記す。

昭和62年(1987)7月4日

 恰も城南会(PTA・OB会)創立25周年も時を同じくする此の年に当り 四半世紀の周年記念事業の一環として学園の歴史と共に生きる大銀杏の由来の記を此処に建碑する。
 因に此の大銀杏は希有の男樹にして, その胞子は遠く赤坂までにも飛散しギンナン結実の一助にもなっていると云う。

由来の記  建立者   城南会
  文責  城南会々長 西 静男
  施工  建立協力者 麻布十番 (株)小林石材工業

大銀杏由来の碑 台座新設

平成5年8月

記念
港区城南中学校創立45周年
 城南会   創立30周年
第11代学校長 武智恒雄代
企画
城南会
会長 西静男

設置協力者 施工㈱小林石材工業
社長 小林善勝

地図

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