豊橋町立 高等女学校 発祥の地
とよはしちょうりつこうとうじょがっこうはっしょうのち
国道1号と23号が分かれる“西八町”交差点の近く、豊橋市公会堂から 100mほど西にある「豊橋市職員会館」の前に石碑が建っている。 碑文にあるように,豊橋高女は 現在の 県立豊橋東高校の前身である。
明治35年開校の 豊橋町立高等女学校と, 大正15年開校の 愛知県立豊橋第二中学校 という 2つの学校を母体に, 昭和23年に愛知県立豊橋東高等学校となった。現在の校舎は 愛知県豊橋市向山町西猿 にある。
国道1号と23号が分かれる“西八町”交差点の近く、豊橋市公会堂から 100mほど西にある「豊橋市職員会館」の前に石碑が建っている。 碑文にあるように,豊橋高女は 現在の 県立豊橋東高校の前身である。
明治35年開校の 豊橋町立高等女学校と, 大正15年開校の 愛知県立豊橋第二中学校 という 2つの学校を母体に, 昭和23年に愛知県立豊橋東高等学校となった。現在の校舎は 愛知県豊橋市向山町西猿 にある。
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