中国銀行 発祥の地
ちゅうごくぎんこうはっしょうのち
高梁市役所の北約500m, 高梁川に沿って南北に走る国道180号線に面して観光駐車場があり, その中に碑が建っている。
正直なところ, こんなところに 国立銀行が創立されたのか, と驚かされる。高梁市は岡山市から北西に50kmほど 入ったところに位置して, 明治維新までは備中松山城の城下町として栄えた。明治期以後も吉備地方の中核都市として発展してきた町という。
写真
碑文
第八十六国立銀行 跡
中国銀行発祥の地第八十六国立銀行は 明治11年12月9日に開業免許を受け, 当地において創業された。 設立には, 備中松山藩第7代藩主 板倉勝静(老中首座として 15第将軍徳川慶喜を補佐), 板倉勝弼, 三島毅(中洲), 川田剛(甕江), 神戸秋山, 堀周平らが参加した。
同行は預り金, 貸付, 為換(為替)などの業務のほか, 銀行紙幣の発行も行い, 当地の産業振興に努めた。
その後, 第一合同銀行との合併を経て, 昭和5年には 現在の中国銀行となり 現在もその歴史は 脈々と受け継がれている。
中国銀行の淵源である 第八十六国立銀行の 創業120年を記念し, 之を建立する。株式会社 中国銀行
頭取 稲葉稲侃爾