井芹一族 発祥之地
いせりいちぞくはっしょうのち
熊本市電B系統 本妙寺入口から西に800m、住宅地の小さな広場(熊本市西区花園4丁目7)に石標が建つ。
井芹氏の発祥の地は、肥後国託麻郡井芹(現在の熊本県熊本市中央区から西区・北区にまたがる花園地区周辺)である。井芹氏は肥後国の名族である菊池氏の庶流にあたる。菊池氏三代目当主である菊池経頼の子、菊池経益がこの地を領地として与えられ、地名の井芹を取って「井芹経益」と名乗ったことが井芹一族の始まりとされる。
熊本市周辺に勢力を広げた菊池氏一族のうち、井芹氏は立田氏、島崎氏、出田氏などとともに熊飽地域へ進出した氏族として知られる。
井芹氏の名は、鎌倉時代の記録に登場する。建治元年(1275) 、井芹氏の嫡子越前房永秀が所領をめぐって訴えられた記録があり、翌建治2年(1276) には井芹秀重が幕府に所領の状況を訴えた注進状を残している。
その後、戦国時代の天正年間に至り、井芹加賀守の代において一族は甲佐地区(現在の熊本県上益城郡甲佐町)へと拠点を移した。阿蘇氏の与力衆として行動したが、後に相良氏や甲斐氏らとの合戦および内紛に巻き込まれ、本拠地としての井芹の地からは離散した。
ガルクラ嘘聖地、井芹一族発祥之地 pic.twitter.com/2a41F0u47W
— ひでで☆ (@Warthog_0917) September 14, 2026
写真
碑文
井芹一族発祥之地
井芹氏ハ藤原氏三代常頼ノ子 常益ガ井芹荘ヲ領シテヨリ起ル 数代居城後 一族挙ゲ甲佐ニ移住ス
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