除虫菊発祥之碑

じょちゅうぎくはっしょうのひ

JR山陽本線 尾道駅から北東に約1km、千光寺公園 南東隅にある西国三十三ヶ所観音堂の崖下に、人物像レリーフの入った石碑が立つ。1930(昭和5)年、地元有志・広島県除虫菊同業組合によっての手によってこの上山英一郎 頌徳碑が建てられた。題字は東郷平八郎、撰文は著名ジャーナリスト 徳富蘇峰による。

ただし、平成にもなると文字はかすれて読み取りづらく、教養が不足しているためかな交じり文ではないので内容をよく理解することは難しい。どなたか現代語訳をくっつけてくださると、さらに広く上山翁を顕彰できるだろう。

亀森八幡神社境内にある除虫菊神社では、上山英一郎を神として祀っており、5月に例祭が執り行われる。向島の干汐に除虫菊を初めて植えたので、実際には亀森八幡一帯が本当の発祥地であると言える。

写真


碑文

除虫菊發祥之碑

上山英一郎君紀功碑

余嘗遊紀之白濱興上山英一郎君邂逅於白砂青松之際一見如舊結編紵之交君和歌山人少以濟世自期日方今急務在國産率國本以大興貿易之利也明治十九年獲除蟲菊種於米國始培育之歴游諸國精覈地味投私費以頒種苗於廣島岡山愛媛香川諸縣奨励其栽培自是中國諸方生産増進三十一年属桑港領事陸奥廣吉発招販路竟至輸出之米國其額及一千萬圓本邦輸出品中合優位者君興有力焉三十九年大日本農會総裁負受親王嘉其功績授綠有功章越四十三年賜勅定藍綬章君之名遠聞海外廬額斯拉維國以君有功扚斯業特嘱叙日本駐剳名譽領事葢異數也項者同志之士相發祥地欲建碑於千光寺山圖其不朽属予為之文君平生以光公益開民利為志四十餘年終始靡渝予之所取乎君者不獨為其れ除蟲菊之始祖也已喜有其れ徳之孚于人也廼叙其梗槩係銘日

厚生利用 自見眙謀 開物成務 以賛皇献
卓卓之子 經營有術 作事堅忍 計算縝密
殖産致富 維彌維綸 名馳域外 利及四隣
千光寺阿 山靈水碧 爰稱厥徳 鐫名於石

昭和五年龍集庚午八月上浣

蘓峰徳富猪一郎撰 黄山中川吉郎書

地図

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尾道市東土堂町 付近 [ストリートビュー]