無線 電信 創業之地
むせんでんしんそうぎょうのち
銚子電鉄
銚子半島の先端に位置するこの地は, 太平洋に突き出した地形のため 海上向け無線通信の送受信所の設置場所として選ばれた。明治41年(1908), 逓信省により“銚子無線電信局”が開設され, 当初は木の柱にアンテナが張られ, 後に高さ70mの鉄塔が建てられた。
当時の送信機は トン・ツーのモールス信号を高圧電極間で放電させて発信させる “低周波火花式”であったという。その後徐々に技術的改良が加えられ, また通信量の増大に対処するため銚子市内の椎柴送信所と小畑受信所にその機能を移転し, ここ川口の送信所は昭和14年(1939) に廃止となった。
近年、無線電話の普及, 衛星通信技術の発展により, モールス通信の需要が激減したため, 平成8年(1996) に機能を長崎無線局に統合して, 銚子の無線局は全面廃止になった。
写真
碑文
無線電信創業之地
銚子無線電信局跡
明治四十一年五月十六日開始
紀元二千六百年 逓信省
銚子無線電信局発祥の地
明治41年(1908年)5月16日, この地, 平磯台, 通称「夫婦鼻」に我が国はじめての無線電信局が開設され, 同年5月27日太平洋航行中の丹後丸との間に無線通信が成功しました。これが我が国で無線電報を取り扱った最初の日であります。
その後, 多くの変遷を経て受信所は銚子市小畑新町(現在の銚子無線電報局)へ, また送信所は銚子市野尻町(現在の銚子無線送受信所)へそれぞれ移転しました。
現在, 全世界七つの海を航行する船舶や南極昭和基地と交信し, 名実ともに世界一の無線電報局として活躍しております。
この碑は, 昭和15年(1940年)に無線電信創業を記念して建てられたものです。