三ツ谷新田 発祥の地

みつやしんでんはっしょうのち

天神社・山神社(三島市三ツ谷新田434-1)近くに説明があった。平成13年(2001)~平成22年(2010) の「ブログ以前」の時代の話しか見つけられない。

この地域は、江戸時代初期の元和年間(1615~1624) には、現在地付近に三軒の茶屋があったと伝えられる。その後、この一帯は「元茶屋(もとじや)」と呼ばれ、三つの茶屋があったことから「三ッ屋」の名が生まれ、「三ツ谷」に転訛したと考えられている。

なお、平成22年(2010) に歩いたとされるページには画像も表示されるのだが、同じ場所とみられる平成24年(2012) のストリートビューでは跡形もない。すぐ近く、天神社・山神社前の公民館近くの旧街道沿道にはベニヤの看板があり、令和元年(2019) 10月に見たときには、三ツ谷の夢小路イラスト地図が掲示されていた。

写真


碑文

三ツ谷新田発祥の地

元和年間(一六一五~一六二四)現在地附近に三軒の茶屋がありその後この附近を元茶屋(もとじや)と呼ばれていました。三ッの茶屋のある所より「三ッ屋」と呼ばれ元和四年徳川家康より街道奉行に任命された大久保長安が箱根西坂五ヶ新田成立時に「三ッ谷新田」と転化したものでこの附近は三ッ谷新田部落の発祥の地と思われます。

坂郷土研究会

地図

地図

三島市三ツ谷新田 付近 [ストリートビュー]