車両航送 発祥の地

しゃりょうこうそうはっしょうのち

山陽本線 下関駅前。ダイエー下関店が入っている“シーモール”ビルの北側の 壁面に 写真のレリーフが掲げられている。

「車両航送」とは 一般にはあまり聞き慣れない言葉だが, 自動車を運ぶ「カーフェリー」のことではない。ここで言う「車両」は 鉄道車両, つまり 貨車や客車を指す。鉄道用語としては,「航路を挟んだ鉄道同士の輸送を円滑に行うために鉄道車両ごと連絡船を使用して運搬する」方法をいう。そのために 船内にレールを敷き, 岸壁では船が接岸する際に レールを連絡させる特殊な桟橋を使用するなど, 高度な技術が必要となる。

航路の両端での乗客や貨物の移動が容易にすることが目的で, 貨物の積み込み作業の効率化.旅客の場合は 列車と船の乗り換えや手荷物の運搬などの手間が省ける。

旧国鉄が運航した 鉄道車両航送が可能な連絡船には 次の3航路があった。

  • 関門航路 1911年開業 下関駅~門司駅
  • 宇高航路 1921年開業 宇野駅~高松駅
  • 青函航路 1924年開業 青森駅~函館駅

貨物の車両航送は 関門航路で行われたのが最初で, 後に 青函航路・宇高航路に拡大したが、時代が移り変わり次第に廃止となっていった。

  • 関門航路は 1942年に関門トンネルが開通したために 廃止
  • 青函航路は 1954年の“洞爺丸事件”を契機に 車両航送を廃止
  • 宇高航路は 1988年に瀬戸大橋が開通したため 廃止

になった。


ダイエーはもうありませんね……(2018.3)

写真

  • ダイエー下関店
  • 車両航送発祥の地
  • 車両航送発祥の地 碑文 レリーフ
  • 車両航送発祥の地 開業当時の関森間車両航送の図レリーフ

碑文

準鉄道記念物
車両航送発祥の地

 本州九州間の国鉄貨物輸送に大変革をもたらした貨車航送は鉄道院から下関・小森江(北九州市門司区小森江笠松町)間の航送作業を請け負った宮本高次(下関市宮本組)が明治44年3月1日から試航送を行い同年10月1日鉄道院とこの航路を関森航路として正式に営業を開始しました

 宮本高次はかねてから貨車航送について深い関心をよせ航送作業を請け負うに当り私財を投じて7トン貨車3両を積載する艀3隻とこれを曳航する小蒸気船3隻を建造し当時の困難な海陸連絡輸送を打開しました
 この貨車航送はわが国の車両航送のはじまりであり当時の下関側発着場がこの地点です

昭和41年10月14日指定

日本国有鉄道
中国支社

地図

地図

下関市竹崎町4丁目車両 航送発祥の地 付近 [ストリートビュー]