庶路 炭鉱 発祥之地
しょろたんこうはっしょうのち
西庶路錦公園(白糠町西庶路西1条北1丁目3)の隅に石碑が建つ。
庶路炭鉱は昭和12年(1937) に開坑準備が始められ、明治鉱業の主力炭鉱の一つとして運用された。最盛期には従業員およびその家族を合わせて3,800名を超える人口を擁し、周辺一帯の集落発展を支えた。戦時中に一時保坑となったが、戦後に操業を再開した。昭和36年(1961) には竪坑が完成し、昭和38年(1963) には年間35万トンを超える出炭を記録した。
しかし、エネルギー革命の進展による石炭需要の低下などを背景に昭和39年(1964) に閉山。閉山後に炭鉱施設や住宅街は撤去されたが、本石碑が残されたことで、当時の産業史や地域形成の起源を示す史跡として現存している。
西庶路のあれこれ。炭鉱発祥の地碑の近くでは床屋さんが盛業中。炭鉱の生き字引的な存在。 pic.twitter.com/X2tM7v1YDo
— km (@vhc00013) June 22, 2026
写真
碑文
庶路炭鉱発祥之地
ふるき友よ、この地に思いをいたそう
殉職者の皆さん安らかに(芳名略)
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